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オープンノブのパーソンズ隊8門の大砲は経験の足りない兵士が操作しており、その中には第105オハイオ連隊の歩兵新兵の者もいた。テリルの第33旅団が大砲の防衛に配置された。北軍の中尉がドネルソンの攻撃に向いていたので、マニー旅団が森を抜けて気付かれずにノブに接近できた。その後北軍は大砲を向け直して、激しい砲撃戦が起こった。第10師団の指揮官ジャクソン准将がこの戦闘で戦死し、指揮権はテリルに渡ったが、テリルが即座にまずい指揮判断をしてしまった。その砲兵隊の安全が強迫観念になっていたので、第123イリノイ連隊に丘を降って銃剣突撃を掛けるよう命令した。770名の未熟な北軍兵が1,800名の南軍古参兵の手に掛かって大きな損失を出した。第80イリノイ連隊とセオフィラス・T・ガラード大佐の指揮する分遣隊から援軍が到着し、2面は短時間で膠着状態になった。ウィリアム・ターナー中佐が指揮するマニーの砲兵隊が経験の足りない防御兵に砲撃を掛け、マニーは急な斜面を駆け上がっての突撃を命じ、これで丘の上の北軍を一掃し、パーソンの大砲の大半も捕獲した。執拗に頑張っていたパーソンズは撤退する兵士によってその現場から引きずり出さなければならなかった[41]。
マニーの攻撃は続いて西方に向かい、オープンノブの反対側の斜面を降り、トウモロコシ畑を抜けて、ベントン道路を横切った後で、北軍ジョン・C・スタークウェザー大佐の第28旅団(ルソー師団)の2,200名と12門の大砲が占領するもう一つの急な尾根に向かった。これらの大砲がオープンノブを耐え難い場所にした。スタークウェザーは、マニー隊がパーソンズの陣地を攻撃している間にトウモロコシ畑に第21ウィスコンシン連隊を配置した。第21ウィスコンシン連隊は結成されてから1ヶ月も経って居らず、まだその武器を使ったこともない者がいるような未経験な兵士の連隊だったが、トウモロコシ畑の10ないし12フィート (3-3.6 m)もあるトウモロコシでほとんど何も見えなかった。彼等はテリル旅団の残兵が側を通って撤退してきたときに驚かされた。テリル自信も撤退しながら、「反乱軍が恐ろしい勢いで前進している」と叫んだ。テリルは連隊副官を説得して再度銃剣突撃を掛けさせた。200名の兵士が前進し、直ぐに前進してきた南軍兵に粉砕された。北軍兵は撤退してくる友軍兵が撃たれないように銃撃を続けねばならなかったが、スタークウェザーの砲撃が同士討ちとなって多くの損失を出した。第21ウィスコンシン連隊は南軍の隊列に何とか一斉射撃を掛けたが、1,400挺の一斉射撃の返礼を受け、北軍連隊は大きくその勢力を減らされ、生存者はベントン道路に向かって逃げた[42]。
大砲からの砲弾が急速に発射されたので、大地自体が火山の騒音の中にいるように見えた。鉄の嵐が我々の隊列の上を通り過ぎ兵士を潰し粉々に砕いた。大気は息苦しい煙と火で満ち、悪魔に苛まれる人々で満ちた地獄の穴のように思われた。
?第1テネシー連隊、兵卒サム・ワトキンス[43]
チーザムはドネルソン旅団が戦っていた南軍戦線の隙間を埋めるために、アレクサンダー・P・スチュアート准将のテネシー
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を配置し、スタークウェザーに対して前進していたマニーの旅団と合流させた。第1テネシー連隊が丘の北端を攻撃する一方、マニーの旅団の残り部隊は直接斜面を登って攻撃した。しかし、スタークウェザーの陣地は強固であり、その歩兵と砲兵の強い砲火によって南軍は最初撃退された。2回目の突撃と獰猛な白兵戦により南軍は砲台の中にある頂上に達した。一方、テリル准将は戦闘に戻り、その部隊を丘の反対側の斜面で率いていた。テリルは頭の上で爆発した砲弾で致命傷を負い、翌日午前2時に死んだ。スタークウェザーはその大砲のうち6門は引き上げることができ、100ヤード (90 m)西の次の尾根に移動した[44]。
最高到達点(~ 午後4:15)
FX
は再度強固な防御陣地に就き、大砲の支援と険しい斜面の頂上に石壁もあった。マニーとスチュアートの部隊は3度攻撃を試みたが全て不成功だったので、午後5時半頃にオープンノブ近くまで後退した。マニーの旅団による3時間以上の攻撃はこの戦闘の中でも最も流血の多いものとなり、もっとも重要な時点だったとされた。歴史家のケネス・W・ノーは、マニーの最後の撃退が西部戦線での南軍の最高到達点であり、ゲティスバーグの戦いでのアングルに勝るとも劣らないと表現した[46]。
中央ではアンダーソン師団による梯形編成の攻撃が続いた。午後2時45分、マニーの最初の攻撃がオープンノブで撃退されたの同じ時間にトマス・M・ジョーンズ大佐の旅団が大きな陥没穴のある渓谷を越えて攻撃を開始した。ジョーンズはアンダーソンやハーディからの攻撃命令を受けていなかったが、その右手で銃声を聞いたときに自分の考えで前進を始めた。この部隊が渓谷に入ると、北軍レナード・A・ハリス大佐の第9旅団(ルソー師団)が陣取る隣の尾根からマスケット銃と12門の大砲の砲火で薙ぎ倒された。ジョーンズ旅団に属するチャールズ・ラムスデン大尉のアラバマ軽装砲兵隊が反撃したが、視覚的な錯誤により、連続した尾根が一つに見えて適切な射程を設定できず、北軍前線に対する効果的な攻撃ができなかった。午後3時半、南軍ジョン・C・ブラウン准将の旅団がジョーンズ隊の撤退した跡に入れ替わった。この時までに、北軍の砲兵隊の大半は弾薬の補給のために後退しなければならず、ブラウン隊はジョーンズ隊と同じ運命を辿らなかった。それでも、南軍の左翼が北軍の陣地に圧力を掛けることに成功するまで、歩兵隊が守る陣地に対して前進できなかった[47]。
ボトム郷士の居宅、2007年撮影マクックの第1軍団のほぼ大半は、戦闘開始の時点で郷士ヘンリー・P・ボトムが所有する土地に陣取っていた。軍団の右翼、ウィリアム・H・リトル大佐の第17旅団はボトム郷士の居宅と納屋がある尾根に陣取っており、チャプリン川の屈曲部や1つの丘、さらに反対側にあるR・F・チャザムが所有する農園を見下ろしていた。この地域に対する南軍の攻撃は、午後2時45分頃にチャザム・ハウスヒルを降ったブッシュロッド・R・ジョンソン准将の
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が始め、ほとんど乾いた河床を渉り、ジョン・ビーティ大佐が指揮する第3オハイオ歩兵連隊を攻撃した。この攻撃は統率が取れていなかった。バックナーからの命令が最後の瞬間に変えられ、それがあらゆる参戦部隊に行き渡らず、まだチャザム・ハウスヒルにいるうちから友軍の砲火で戦線を壊された。石壁を伝いながらの戦闘で歩兵部隊がやっと丘を駆け上がったとき、南軍の大砲が第3オハイオ歩兵連隊を砲撃し、ボトム郷士の丸太造り納屋に火を付けた。北軍の傷ついた兵士が逃げ場を求めて納屋に入っており、その多くは焼死した[48]。
オハイオ連隊が後退し、その跡を第15ケンタッキー連隊が継いだ。ジョンソンの部隊は弾薬が尽きかけており、パトリック・R・クリバーン准将の旅団が午後3時40分頃に戦闘に加わった。クリバーンの馬が砲弾に当たって死に、クリバーン自身も踵を負傷したが、その部隊の前進を続けさせた。彼等が丘の斜面を上がっていくと南軍の砲火に曝されることになった。クリバーンは後に、自隊の兵士がリッチモンドで捕まえた北軍兵士の青い制服ズボンをはいていたので友軍の砲火を呼んだと推測した。クリバーンの左手では、ダニエル・W・アダムズの旅団が第15ケンタッキー連隊に対する攻撃に加わり、ケンタッキー連隊は第3オハイオ連隊の3個中隊から応援を受けていた。北軍の部隊は西のマクックの
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があるラッセル・ハウスの方向に後退した。リトルは部下の兵士達を呼び集めようとしているときに頭に負傷した。彼はそのまま戦場に残され捕虜になった[49]。
ビューエル指揮下の兵士がペリービルの恐ろしい出来事を忘れることがあるだろうか?そこでは3万名の兵士が、マクックの援助が無く、無視され、放棄すらされていた部隊をただ立ったまま見聞きし、その救援のために1発の弾を発射するでもなく1歩も動かなかった。
?第17オハイオ連隊、ジョン・M・コネル大佐(20年後の連隊同窓会での談話)[50]
リトルの旅団が打ち破られているとき、フィリップ・シェリダン師団の左翼はピーターズヒルの南数百ヤードしか離れていなかった。戦闘後長く続いた議論は、なぜシェリダンが戦いに加わる選択をしなかったかだった。この日早く、シェリダンはギルバートから会戦を避けるよう命令を受けていた。午後2時頃、ビューエルがギルバートと昼食を摂っている作戦本部にも砲声が届いた。2人の将軍は、その音が北軍砲兵隊の訓練だと思い、シェリダンに弾の
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遣いをしないよう伝言を送った。シェリダンは実際に南軍攻撃部隊に砲弾を送り込んでいたが、ギルバートが後方から戦場に到着したとき、シェリダンは攻撃されているのだと思い、後退して塹壕に入るよう命じた[51]。
パウェルのシェリダンに対する攻撃(~ 午後4時)[52]シェリダンの師団は戦闘の終わり頃に参戦した。南軍サミュエル・パウェル大佐の旅団(アンダーソン師団)がクリバーンの左手にいるアダムズの旅団と共に前進を命じられた。しかし、この2個旅団は大きく間が空いており、パウェル旅団はペリービルの直ぐ西、エドワーズ・ハウスヒルにいた。午後4時頃、パウェルはブラッグから、ブラッグ軍の左翼に砲撃を加えているヘンリー・ヘスコック大尉の大砲を黙らせるためにスプリングフィールド・パイクを西に進むよう命令を受けた。ブラッグはそれが第3軍団全軍ではなく、孤立した砲兵隊だと思っていた。パウェル旅団の3個連隊はシェリダンの師団に遭遇し、シェリダンは当初南軍による攻勢を心配し援軍を求めていたが、南軍の3個連隊は直ぐに撃退された[53]。